My Skinny Sister (2015)

f:id:tougarashikakinotane:20170506214841j:plain

My Skinny Sisterという映画を見た。拒食症になっちゃった姉を持つ妹の話。

スェーデンの映画。でも、トロント国際映画祭でも上映されたり、評価は高いみたい。

感想は、とにかくできた妹だなあ、てこと。

お姉ちゃんが美人で痩せてて、自分が太ってて別に特段かわいくなかったらひねくれちゃいそうなもんだけど、この妹Stellaは違うもんね。

お姉ちゃんが食べないこと、死んじゃうかもしれないことをすごく心配してて、できた妹だ。

兄弟・姉妹いるって大変だよな、とも思った。

自分はStellaみたいになれないだろうな、と。絶対比べて落ち込むでしょ。

ハッピーエンドでもバッドエンドでも、明確なエンディングがなかったけど、この映画妹ができたやつだから成り立つよな。とにかくそこに終始。

わがままなひと。才能のあるひと。

最近、才能があるひとはわがままだなあと思うことが多い。

そして自分はそのわがままさと才能に憧れるから、わがままなことは全く悪いと思っていない。

むしろわがままが許されるくらい、才能があっていいなあと思っている。そのわがままさが才能の高さを証明しているとすら思ってしまう。

 

そこで疑問に思ったのは、才能が先なのか、わがままが先なのか、ということ。

 才能がある人はわがままでも許されるから、才能のある人はわがままなことが多い、と考えるのが自然かもしれない。(才能→わがまま)

でも、わがままに生きたことによって才能が開花した、なんてこともあるのでは?(わがまま→才能)

 

逆に言うと、わがままに生きていないと、

自分のやりたいことではなくてやらないといけないことをやっていると、ある才能もなくなっていくんじゃないかと思っている。

 

そうやって持ち得ていたかもしれない才能をつぶしていることって意外とあるんじゃなかろーか。

 

でも才能があるのにわがままじゃない人もいるけどね。

マイケルジャクソンとか。(いきなり大物。)

でもわがままじゃないけど、言いたいこと言ってんなとは思う。(まだマイケルジャクソンの話。)

 

話がそれましたが、わがままで才能のある人に憧れるし、

わがままじゃなくて才能をつぶしているのはもったいないし、

自分には才能という才能はないかもしれないけど、もうちょっとわがままにリスクを取って生きようかなとおもったりおもわなかったり

 

 

怒られてすぐに傷つく若者がいけないの?

タイトルには若者とつけたけど、怒られてすぐに傷つく自分がいけないの?と言いたいところです。

 

褒めて伸びるタイプと、怒られて反省して良くなるタイプがある。って本当ですか。

 

ただ良いところを羅列するだけじゃ天狗になって悪いところに気付かないだろうし、

逆にただ悪いところを指摘するだけではやる気なくなっていくと思う。

 

最近の若い人はちょっと怒っただけですぐ辞めちゃうからとかたまに聞きます。

でも、それってその「若い人」のせいなの?

怒ってるだけで、その人のいいところを何にも言ってあげてなかったら、やる気なんかなくなるさ。

指導する側からしたら、悪いところの方が目に付きやすいのかもしれないけど、だからって悪いところだけを指摘していたら、その人は自分は無能なんだと思うかも。

もしくは、この人は自分のことを何にも認めてくれていないんだと思うかも。特に、実はちゃんと努力している人ならなおさら。自分のことをどこも見てくれていないんだ、と。

自分が指導される側に置かれると、自分が怒られる側に置かれると、そんなことに気がついてくる。

怒られるだけ、悪いところを指摘されるだけじゃ、なんのやる気もでないな、と。しかも誰も自分の努力なんて気にしてないんだ、とも思えてくる。

 

自分が指導する側になるときは、どうしても相手の悪いところが見えてきやすい。だって自分はそれがもともと得意で教える立場になっているわけだから、どうしたって相手の方が力は劣っているのだから。

でも、悪いところに隠れてなかなか見えない良いところをちゃんと探して言ってあげなきゃいけないんだと思う。そうじゃないと、自分がそうであるように、どんどんやる気なくなっていくし。

 

一方的に怒ることしかできない指導者は、自分が指導されていたときのことを忘れているのかな。それとも、自分が一方的に怒られているから、ほかの人にも同じことをしてストレスを発散したかったりして。

 

反面教師。

大使館に門前払いにあった話。(≒私が非常識な話。)

ある国の大使館に行ったら、インターホンで門前払いにあった。

ぴんぽーん

『今日はどういったご用件でしょうか?』

「あ、予約はしてないのですが、大使館に入ることはできますか?」

『どういった用件で入るのですか?』

「大使館に興味があって...」

『興味?どんな興味ですか?』

「あ、すいません、なんとなくなんですが、ちゃんとした興味がないと入れないもんなんですね、すみませんでした、帰ります(早口)」

『そうですね、詳細な用件がないと入れません、失礼します。』

 

知らなかった〜〜〜。大使館て気軽に見学できちゃうもんだと思ってた〜〜〜〜。

 

インターホンに出た人、終始、「は?なにこいつ?」ていう感じの雰囲気醸し出してたし。

すごく好きな国だったけど、その大使館の冷たさで少し気持ちが冷めてしまった。

100億%自分のせいだが。

 

そのあとは、普段なら絶対食べないクレープを食べ、帰路に着いた。

 

東京に20数年住んで初めて気づいたこと。

(大袈裟なタイトルをつけた。)

 

東京って意外といいところかもしれない。

京橋から赤坂見附まで一時間ほど歩いていて、ふとそう思った。

 

歴史と、自然と、今がミックスされているところがいい。

桜田門の横を、車がビュンビュン走っていく。

皇居の周りのお濠。紅葉した銀杏並木。そのすぐ横にはビジネス街のビル群。

 

古いものをそのまま残そうとするヨーロッパとは対照的に、東京は古いものに容赦なく新しいものを加えているような気がする。

わたしはそんな東京のあり方を今までネガティブにとらえていた。

なんでせっかくの歴史的建造物の美観を汚すんだ。

自然を楽しみたいんだから、車なんか走らせないでくれ、と。

 

でも、そんな思いが今日少し変わった。

ビルとお濠、なかなかいいんじゃないかなあと。

ビルが自然、歴史建造物と調和することもあるんだ。

お濠の水面に銀杏並木とともに映る、東京のビル群は、いつもとは違って見えた。

 

東京は小さいのに広いところだと思った。

わたしの頭の中にある東京はすごく小さかったのだと気づいた。それでも十分いろんなところがあると思っていたけれど。

新橋、赤坂、銀座あたりもまだまだ行きたいね。

 

 

 

f:id:tougarashikakinotane:20161116235009j:plain

f:id:tougarashikakinotane:20161116235104j:plain

f:id:tougarashikakinotane:20161116235118j:plain

 

 

TBSに「外国人女性の嫌いなところはどこですか」と聞かれた話。

 

「外国人女性についてどう思いますか?なんか嫌いなところとか教えてください」

と聞かれた。

 

「TBS「好きか嫌いか言う時間」なんですけど、インタビューさせてもらってもいいですか?」と言われて、インタビュー(?)なるものを受けていた。(カメラなしで)

 

はじめは、「最近気になったニュースは?」とか「いまの日本に思うことは?」などある意味無難な質問だった。

私は、日本のサービスの質の高さはすごいけど、それへの対価が低すぎるんじゃないか、みたいなことを暑苦しく語った。

イキイキ喋る私とは対照的に、なんかつまらなそうなスタッフの人。

私が喋り終わると、突然、

「突然なんですけど、外国人女性についてどう思いますか?嫌いなところを教えてください」

と言われた。本当に突然すぎてびっくりしたけど、最初から聞きたかったのはこれだったのかもしれない。

「好きか嫌いか言う時間」って言う割に、「嫌いなところ」しか聞かれなかったのにひっかかって、しかも嫌いなところは特にないので、

「ないですね〜」

と答えたら、「えっ、、、他の人は目の前でアイディアをはっきりと否定してきたりとかそういうところが嫌いっていってたんですけど、そういうのないですか?」

寒い中立ちんぼで、鼻が赤くなっているインタビュアーの人が、悲しげに聞いてくる。

そこで、「ドイツ人の女性と喧嘩したことはありますけど、」

と言ったら、「え、それでそれで」と食いつきがいい。さっき、私が日本の賃金の話を語っていた時とはえらい違うじゃん。

「でも、単に仲がわるかっただけで、彼女がドイツ人とかは関係ないです」

と言ったら、「へえ...」という感じで会話が終わった。

 

 

にこやかに別れた後、どんどん嫌な気持ちになっていった。

この番組が「外国人女性」をどう扱おうとしているのかはっきりとはわからないけど、

それは私の好きな扱い方ではないような気がする。

「がいこくじんじょせい」と一口に言っても、いろんな人がいるのに、彼女らの性質をひとまとめに語ろうとしていること自体がまずすごく嫌だ。

インタビューでちゃんと嫌いなところが答えられた人は、自分の出会った外国人女性の嫌いなところを言ってるだけなのに、それが全「外国人女性」に適用されてしまうような気がして。

 

私は、最近気になったニュースを「トランプとかですかね〜」って言ったけど、

いろいろ違う人を勝手にひとくくりにして、その集団にはこうした性質があるって決めるのって、トランプみたいだと思う。

トランプは、アメリカにいる南米人は犯罪者ばかりだとか、アジア人は英語が下手だとか、いろいろ言う。

南米からアメリカに渡った人に犯罪者が多いかどうか、

アジア人が本当に英語が下手なのかどうかはわからないけど、たとえそれが本当だったとしても、

それをはっきり「〜〜人は、こうなんです!」って言っちゃうのは、危険。

なきがする。

あのインタビューから不安になった。

「好きか嫌いか言う時間」が「外国人女性の〜〜なところが嫌い・好き」というテーマをやる上で、「外国人女性には〜〜という性質がある」ということを前提にするんじゃないかと思って。

どんな放送内容かはわからないから、ひどい番組だ!差別を助長する!なんて言う気はないけど。 まだ。 少なくとも今は。

でも、外国人女性をひとくくりにして語る番組内容だったら嫌だなと思う。